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福岡地方裁判所飯塚支部 平成9年(ワ)8号 判決 1998年8月05日

原告

右訴訟代理人弁護士

小宮学

被告

Y1

被告

Y2

右両名訴訟代理人弁護士

井上道夫

被告

伊藤鉄工株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

安部光壱

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金七〇七万八四八四円及びこれに対する平成八年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

1  被告らは、各自、原告に対し、一六四一万四三〇二円及びこれに対する平成八年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  原告は、平成八年六月一四日午前七時三五分ころ、福岡県嘉穂郡桂川町大字中屋一三八番地の五先路上で発生した交通事故(被告Y1運転の普通貨物自動車(以下「加害車」という。)と対向進行してきた原告の自転車とが衝突したもの。以下「本件事故」という。)により負傷した。

(二)  被告らの責任

(1) 被告Y1は加害車両を運転していたものであるが、前方注視義務を怠り、漫然と進行した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により責任を負う。

(2) 被告Y2は加害車両の保有者であり、運行供用者であるから、自賠法三条に基き責任を負う。

(3) 被告Y1は被告会社の従業員として、株式会社西日本ピーシー筑穂工場内にある被告会社の筑穂工場に自家用車を利用して通勤していたものであり、本件事故はその通勤途上の事故であるところ、被告会社は従業員の自家用車による通勤を承認し、その走行距離に応じてガソリン代の半額を補助していたものであり、被告Y1に対しては月額五〇〇〇円の通勤手当を支給し、また、株式会社西日本ピーシーが駐車場を提供していたものである。

右のような諸事情に照らせば、被告会社は民法七一五条による使用者責任又は自賠法三条による運行供用者責任を負う。

(三)  原告の損害

(1) 原告は、本件事故により、左大腿骨骨幹部骨折、左鎖骨骨折、左肩胛骨骨折、頭部裂傷の傷害を負い、飯塚病院に、平成八年六月一四日から同年八月一二日まで、平成九年七月二二日から同月二八日まで入院(合計六七日間)、平成八年八月一三日から平成九年八月六日まで通院(実通院日数一三日)した。

(2) 治療費 二七五万八三五〇円

(うち未払分が一七三万二一一六円)

(3) 入院雑費 八万七一〇〇円

(一日につき一三〇〇円の六七日分)

(4) 通院交通費 五万二〇〇〇円

(一回につき往復四〇〇〇円のタクシー代)

(5) 入通院慰謝料 一五〇万円

(6) 休業損害 二〇八万五九〇〇円

原告は、平成九年三月に高校を卒業し、同年四月から就職する予定であった。ところが、本件事故により、平成九年七月二三日に大腿骨のボルトの抜去手術を受け、平成九年度中はびっこを引くような状態であったために、就職が一年遅れてしまった。これによる休業損害は、高校卒の一八歳から一九歳までの年収二〇八万五九〇〇円(賃金センサス平成七年第一巻第一表)に相当する。

(7) 逸失利益 八三七万九一八六円

原告には後遺障害等級表一二級五号の後遺症(鎖骨に変形を残すもの)があり、それによる労働能力喪失率は一四パーセントであるから、就労可能な六七歳までの間の逸失利益は、329万4200円(平成七年女子労働者の平均年収)×0.14×18.1687(自賠責の後遺障害認定通知時の一九歳に対応するライプニッツ係数)=837万9186円となる。

(8) 後遺症慰謝料 三七〇万円

鎖骨に変形を残すものとして、一二級五号に該当する。また、左大腿骨の変形のため、ようやく歩くことができるという状態であり、走ることも正座することもできない。横座りも短時間しかできないし、低い椅子やソファーに座るのも同様である。さらに、頭部、左肩、大腿部等にそれぞれ醜状を残している。

これらの後遺症に基づく慰謝料としては三七〇万円が相当である。

(9) 以上の損害合計は一八五六万二五三六円となるところ、原告は、自賠責保険から傷害分として一二〇万円(うち八〇万円は飯塚病院の治療費)、後遺症分として二二四万円の支払を受けた。

したがって、右既払分を差し引くと一五一二万二五三六円となり、また、弁護士費用は一四九万円が相当であるから、その合計は一六六一万二五三六円となる。

(四)  よって、原告は、被告らに対し、各自、右一六六一万二五三六円のうち一六四一万四三〇二円及びこれに対する本件事故日である平成八年六月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(被告Y1、同Y2)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)のうち、被告Y2が加害車両の所有者であることは認めるが、その余は全て争う。ただし、本件事故態様は後記抗弁記載のとおりであるところ、被告Y1においても、自転車がよろめくようなこともあることを予想して、原告の自転車との間隔を十分にあけるか、減速するなどして、安全に離合すべき注意義務があるのに、右義務を怠った過失があることは認める。

(三)  同(三)の事実は全て知らず、損害額は争う。

(被告会社)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)のうち、(1)は否認する。本件事故は、被告Y1が脳梗塞の発作に見舞われ、意識不明となったために生じたものであるから、同被告に不法行為責任はない。

同(3)のうち、被告Y1が被告会社の従業員であり、本件事故が同被告の通勤途上の事故であること、被告会社が被告Y1に対し通勤手当として月額五〇〇〇円を支給していたことは認めるが、被告会社の責任は否認する。加害車は被告Y1の通勤のみに使用されていたものであり、被告会社の業務との関連性は全くない。のみならず、加害車は被告Y1の所有する自動車でもなく、被告会社との関係は一切ない。また、被告会社における通勤手当は、自家用車を通勤に使用するか否かにかかわらず、全ての従業員にその通勤距離に応じて支給されていたにすぎない。通勤に自家用車を使用しているか否かを確認し、使用している場合には、当該車両の車種、所有者名等を申告させ、その見返りとして、燃料費・修理代・保険料等を会社の負担とするなどしているのであれば格別、被告会社は被告Y1の加害車による通勤を事実上黙認していたにすぎないのであるから、このような場合にまで、従業員の通勤途上の事故につき、使用者責任であれ、運行供用者責任であれ、使用者(被告会社)に損害賠償責任を負わしめるのは相当ではない。

(三)  同(三)の事実は争う。

3  被告Y1、同Y2の抗弁

本件事故は、原告の自転車と加害車がすれ違う際に、原告が何らかの理由でよろめき、自転車のハンドルと原告の上体が加害車側に傾いたために生じたものであるから、原告にも過失があるものというべきであり、その過失割合は少なくとも六割を下るものではない。

したがって、右の割合で過失相殺がなされるべきである。

4  抗弁に対する原告の認否及び反論

抗弁事実は否認する。被告Y1に対する刑事裁判においても、同被告の前方注視義務違反により本件事故が生じたとの認定判断がなされ、同裁判は確定している。原告に過失はない。仮に、道路右側を通行したことが原告の過失ととらえられるとしても、せいぜい一ないし二割の過失割合にとどまるものというべきである。

三  当裁判所の判断

1  本件事故の発生は当事者間に争いがない。また、被告Y1に過失があること(ただし、その過失の内容については争いがある。)、被告Y2が加害車の保有者であることは、原告と右各被告との間に争いがない。

そうすると、本件の中心的な争点は、①被告会社の責任の有無、②原告の損害額、③原告の過失の有無(本件事故の態様)ということになる。以下、順次判断する。

2  争点①について

(一)  まず、被告会社の使用者責任について検討するに、同被告は「本件事故は、被告Y1が脳梗塞の発作に見舞われ、意識不明となったために生じたものである」旨主張する。右は、使用者責任の前提となるべき被告Y1の不法行為責任を否認するものである(なお、被告会社の運行供用者責任との関係においては、免責を主張しているものと解する余地もある。)ので、最初にこの点について検討を加えることとする。

甲四号証の三ないし七、一六によれば、同被告は、本件事故直後に実施された実況見分の最中に体調の不調を訴え、救急車で三宅脳神経外科病院に搬送されたこと、右は同原告が脳梗塞を発病したことによるものであることが認められるが、他方で、同被告は本件事故時の記憶を相当程度有していることも認められるのであって、本件事故時に既に脳梗塞が出現していたとは認められない。

右に認定したところ及び被告Y1においても自己の過失を自認していることなどの弁論の全趣旨によれば、被告会社の前記主張を採用することはできず、原告と被告会社との間においても、被告Y1の過失を認めることができる。

(二)  次に、被告Y1が加害車を運転していた行為が被告会社の「事業の執行につき」なされたものであるか否かを検討するに、被告Y1が被告会社の従業員であること、被告会社が被告Y1に対し月額五〇〇〇円の通勤手当を支給していたこと、本件事故が被告Y1の通勤途上の事故であること、以上は当事者間に争いがない。

ところで、通勤は、業務そのものではないが、業務に従事するための前提となる準備行為であるから、業務に密接に関連するものということができる。労働者が通勤時に災害に遭った場合に労務災害とされることがあるのもそのような観点によるものである。

したがって、使用者としては、従業員の通勤状況(通勤の経路や手段等)を把握しておくべきことはもちろん、進んで、従業員の通勤について一定の指導・監督を加えることが必要とされるものというべきである。確かに、通勤については、本来の業務に従事している場合とは異なり、使用者が従業員に対し直接的な支配を及ぼすことが時間的にも場所的にも困難であることは否定できない。しかしながら、通勤手段がせいぜい公共交通機関を利用することによるものであった時代から急速に様変わりして、自家用車による通勤が急増してきている近時にあっては、交通戦争と称される程までに交通事故が多発している社会状況にあることと相俟って、労働者が通勤時に交通事故に巻き込まれ、或いは自ら交通事故を惹起する危険性が高まっているものといわなければならないから、使用者としては、このようなマイカー通勤者に対して、普段から安全運転に努めるよう指導・教育するとともに、万一交通事故を起こしたときに備えて十分な保険契約を締結しているか否かを点検指導するなど、特別な留意をすることが必要である。そして、マイカー通勤者に対して右の程度の指導監督をすべきことを使用者に求めても、決して過大な或いは困難な要求をするものとはいえない。

そうであれば、いまや通勤を本来の業務と区別する実質的な意義は乏しく、むしろ原則として業務の一部を構成するものと捉えるべきが相当である。したがって、マイカー通勤者が通勤途上に交通事故を惹起し、他人に損害を生ぜしめた場合(不法行為)においても、右は「事業の執行につき」なされたものであるとして、使用者は原則として使用者責任を負うものというべきである。

(三) そこで、この点を本件について見るに、本件事故は被告Y1の通勤途上の事故であり、まさに通勤のための自動車運転行為そのものから派生したものである。しかも、被告会社は、被告Y1がマイカー通勤することを前提として同被告に月額五〇〇〇円の通勤手当を支給していたこと(乙ロ三、証人B)からしても、被告会社は被告Y1のマイカー通勤を積極的に容認していたことが認められるのであるから、被告会社は本件事故の結果につき使用者責任を負うものというべきである。

(四)  そうすると、運行供用者責任の有無については検討するまでもなく、被告会社が原告に対する損害賠償責任を負うことは明白である。

3  争点②について

(一)  甲二号証、三号証の一ないし三、九号証、一四号証によれば、請求原因(三)(1)のとおりの事実及びその間に少なくとも二七五万八三五〇円を下らない治療費がかかったことが認められる。

また、右に認定したところに基いて判断すれば、入院雑費としては一日につき一三〇〇円として合計六七日分の八万七一〇〇円、通院交通費としては、実通院日数一三日、一回につき往復四〇〇〇円として、合計五万二〇〇〇円、入通院慰謝料は一二〇万円と認めるのが相当である。

(二)  原告は、本件事故のために就職が一年遅れたとして、その間の休業損害を請求するが、本件事故当時、原告は未だ就労していたわけではないから、本件事故による治療及びその後の回復に時間を要したために、就職活動ないしは就職そのものに一定の支障が生じたであろうことは 想像できないわけではないが、それだからといって、直ちに高校卒業時に就職することができなかったとは断定することはできず、ましてまるまる一年間就職が遅れるのもやむを得ないこととはいえないから、原告主張の休業損害を認めることはできない。

(三)  甲八号証、一一号証の一、二によれば、原告の後遺障害等級につき、平成九年一二月一〇日、鎖骨に変形を残すものとして一二級五号に該当するとの自賠責保険の後遺障害認定がなされたことが認められ、これによれば原告の右後遺障害による労働能力喪失率は一四パーセント、右後遺症障害の内容及び程度に鑑みれば、その期間は二〇年間の限度で認めるのが相当である。なお、逸失利益算定の基礎となる原告の収入としては、平成七年度賃金センサス女子労働者の一九歳から三八歳までの間の平均給与により、年収三三二万四七一五円((二〇八万八〇〇〇円+二八二万三六〇〇円×五+三四一万二五〇〇円×五+三六八万三四〇〇円×五+三七〇万二二〇〇円×四)÷二〇)と認めるべきが相当である。

そうすると、右の間の逸失利益は、332万4715円×0.14×12.4622=580万0656円となる。

また、原告には、右後遺障害のほか、甲一一号証の一、二、一二号証によれば、歩行時に左足を引きずる、正座ができにくいなどの問題があること、頭部、左肩、左大腿部にかなり大きな手術痕が残っていることが認められるから、これらを総合すると、右後遺症による慰謝料としては二五〇万円と認めるのが相当である。

(四)  以上によると、原告の損害の合計額は一二三九万八一〇六円となる。

4  争点③について

(一)  甲四号証の七ないし一三、一六によれば、被告Y1に前方注視義務違反があることは明白である。この点に関し、被告Y1、同Y2が主張するところは、加害車の前部の損傷の状況をもとにした一つの推論の域を出ず、甲四号証の七及び一六(被告Y1の立会にかかる実況見分調書、同被告の検察官に対する供述調書)を排斥すべき程の合理性を有するものとは到底いえないから、右主張を採用することはできない。

しかしながら、原告にも本件事故現場の手前でわざわざ左側から右側に道路を横断し、そのまま右側通行をしていた(甲四の一〇、一二、原告本人)という点において過失があることは否定できない。

ただ、本件事故が自動車と自転車の衝突事故であること、被告Y1の過失が自動車運転者としての基本的な義務に違反する重大なものであることなどに照らせば、双方の過失は、原告二、被告Y1八の割合とするのが相当である。

(二)  右割合で過失相殺をすると、前記2で認定した原告の損害のうち九九一万八四八四円の限度で被告らに損害賠償責任があることになる。

5  結論

(一)  原告が自賠責保険から既に合計三四四万円の支払を受けていることは原告において自認するところであるから、これを前記4(二)の金額から差し引くと六四七万八四八四円となる。

(二)  本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は六〇万円である。

(三)  そうすると、原告の被告らに対する本訴請求は、合計七〇七万八四八四円及びこれに対する本件事故の日である平成八年六月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官西理)

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